③損害保険事業における「共通化・標準化」の意義と今後の展開 「共通化・標準化」の進め方

保険業界・時事

本記事は栗山氏執筆のInswatch Professional Report【第112号】2013.02.22【損害保険事業における「共通化・標準化」の意義と今後の展開】を、許可を得て転載する記事であり、複数回に分けて掲載をしております。

前回①、②はこちら
①損害保険事業における「共通化・標準化」の意義と今後の展開 業界協調の前史 | 企業代理店port (kigyodairiten-port.com)
②損害保険事業における「共通化・標準化」の意義と今後の展開 業界協調の再評価と諸外国の事例 | 企業代理店port (kigyodairiten-port.com)

以下転載部分

3.「共通化・標準化」への歩み(2)「共通化・標準化」の進め方

①値観の醸成

「共通化・標準化」は、保険会社、代理店の業務の効率化に役立ち、また保険の理解促進やコストの低減を通じた保険料の抑制等、保険契約者にも利益をもたらす効果を持っている。

また、決して、かつてのような独禁法上問題のある「不適切な業界協調」を復活させるという動きではない。

しかし、そうであるからと言って、簡単に進展するものでは決してない。

例えば、商品や事務システムの「共通化・標準化」について、誠実に、論理的に検討を積み重ねている担当者であればあるほど、上司に対して、「これは長い目で見ればよいことです。でもすぐにはできません」というように言わざるを得ない局面が数多く出てくるだろう。

なぜなら、自由化以降、各社は、特に商品や事務システムにおいて、他社との差別化に極めて大きな資源を投入し続け、今さら後戻りできないところにまで来ているからである。

欧米の事例を一瞥すれば、日本はもう一度、根本的なところから「共通化・標準化」を再構築するべきである。

しかし、自由化以降、今に至るまでバラバラになってしまったものを再構築することは決して簡単なことではない。

損保協会の第六次中期基本計画の実施期間である2012 年度から2014 年度までの3 年間は十分な期間ではなく、得られる成果も決して大きなものにはならないだろう。

このような中で大切なことは、損保という事業は、そもそも「業界協調」による「共通化・標準化」がなければ成り立たない事業であるという価値観や文化を息長く作り出すことである。

そして、第六次中期基本計画の終了後も長く継続して「共通化・標準化」を進めることである。

裏返して言うと、これがなければ、保険契約者の保険への理解が進まず、保険会社としての正しい保険料の算出ができず、システム負担等のコストも重くなり、また営業や代理店の現場に無用のトラブルやそれによる負担が生じること、すなわち、外部経済コストが際限なく増加することを客観的な事実として認識することである。

こうした価値観や文化を、保険会社、代理店だけでなく、保険契約者を初めとする世の中全体に浸透させるよう努力することが、「共通化・標準化」の進展のために何よりも重要なのである。

②「共通化・標準化」の具体的な展開

では、今、着手すべき具体的なことは何か。

第一に、現在、すでに顕在化している問題や課題を速やかに解決することである。

筆者は、例えば人身傷害保険の約款の標準化はその典型例だと考えている。

人身傷害保険は、各社とも同じ名称を使いながら、各々少しずつ約款が異なることで、訴訟が起こり、様々な判決が出て、それをベースに学者が多数の論文を書き、消費者団体もこうした状況を問題視するというような混乱が生じている。

少しずつ各社による個別の手直しはされているが、今一度、原点に帰って問題点を整理し、「共通化・標準化」の枠組みで手直しすることが必要なのではないだろうか。

この他、様々なかたちで商品改定の必要が生じたような際に、商品部門としては、細かな改定であっても自社単独ではなく各社と共同で行うべき内容でないかとの問題意識を日常的に持つことが大切であろう。


第二に、システムに生じる大きな変化に共同で対応することである。

近年ではクラウドのような動きがあり、また、ビッグデータの処理が新しい課題になる等、システム分野では、時に応じて従来の流れが大きく変わることがある。

特にシステムは、自由化以降、各社ともに重要な競争領域と位置付け、膨大な投資をしてきたため、そう簡単には「共通化・標準化」は進展しないと思われる。

しかし、大きな変化を長い時間をかけて待ち、その時期が来た時にしっかりと共同で対応するというスタンスが大切なのではないだろうか。


第三に、新規事業である。例えば、アメリカでペイド(PAYD : Pay As You Drive)という走行距離に応じて保険料を徴収するという自動車保険が登場し、その是非を巡って各州で論争が生じている。

保険料を節約するために自動車にできるだけ乗らない人たちが増えることが環境問題に役立つという一方で、運行記録の保持が個人情報保護の観点から弊害になるというのが論争の焦点である。

この保険は既に一部日本にも導入されているが、アメリカの影響を受けて、いずれ日本でも本格的に導入される日が来るかもしれない。

その場合に必要となるのが走行記録を把握するための車載機である。

保険業界として、新しいタイプの自動車保険の登場に併せて「共通化・標準化」の観点から商品作りを行うとともに、自動車メーカーなどの関係先に対し、保険として必要な車載機の中身に関しても規格の標準化などを要請する必要があるかもしれない。

もちろん、独禁法の遵守を当然の前提とした進め方が必要なことはいうまでもない。

③「共通化・標準化」の担い手

次に、「共通化・標準化」を促進する上で、誰が担い手として重要であるかについて述べたい。

第一に、営業・事務・システムの担い手である保険会社の若手を中心とする職員である。

他社とのやりとりや乗合代理店対応の実務のウエイトが大きい職員ほど、本来、「共通化・標準化」を求めているはずである。

第二に、代理店である。

とりわけ乗合代理店は、各社の事務・システムの「共通化・標準化」を求めていると思われる。

このように第一線の働き手ほど、「共通化・標準化」を必要とするはずであるが、ここに一つ「悲しい現実」が見られる。

すなわち、第一線の人々は、しばしば「保険会社が異なるのだから、商品や事務システムが異なるのは当たり前のこと」と思い、各社における相違を当然のこととして受け入れてしまい、保険会社への問題指摘が行われることがないという構造的傾向があることである。

こうした現実を前にすると、先に述べた価値観の醸成が「共通化・標準化」における重要な課題であることが一層強く認識されるのである。

ちなみに、日本代協、損保労連が、今後の重要課題として、損保事業における「共通化・標準化」を取り上げ、かつ具体的な提案をしていることは大きな影響のある動きとして、高く評価できると考えている。

保険会社、代理店が担い手である中で、損保協会、料率機構、損保総研を中核とする業界関係団体の役割も重要である。

料率機構は「10 年ヴィジョン」を策定して自らの損保事業における役割と使命の一層の充実、発展を図り、また損保総研は「知の標準化」を掲げて新たな業界共通の教育体系の形成に努めている。

そして、損保協会は、自由化によって大きく公益事業に向かって切った舵を、今再び「共通化・標準化」を軸とする共益事業に向かって切り替え、新たな進路を目指しつつある。

損保協会は、これを具体的に進めるにあたり、あくまでも保険会社の黒子としての事務局機能の担い手である。

しかし、今、「共通化・標準化」の動きが新たな歩を進める中で、事務局としての謙虚さを保ちつつ、自らの存在感を少しだけ示してよいのかもしれない。

かつて存在した「業界協調」、その全面的な廃止、そして「共通化・標準化」の新たな始まり、このすべてがまさに損保協会の歴史そのものなのだから。

おわりに

現在、保険会社は、いずれの会社も保険本業の収益性の悪化に苦しんでいる。

その影響は代理店にも及び、手数料ポイント制度の厳しい運用に悩む代理店が多い。

このような中、保険会社は大手を中心に、現状を打破し、将来を見据える方策として、海外マーケットや他の成長分野への進出を図っている。

しかし、海外マーケットなど新たな事業分野に進出するうえで、国内における既存事業が新事業を行うための利益の源泉にならなければならないのは自明の理である。

保守本流の事業が赤字基調の中で、それでも新たな事業分野に進出せざるを得ないという点は、各社が直面している大きな困難といえるだろう。

このような状態に陥った理由として、自動車の販売台数の減少や自動車そのものに関する価値観の変化に伴う自動車保険の伸びの低迷、高齢化による自動車保険の損害率の悪化、自然災害の多発と巨大化、少子高齢化や六重苦と称される困難等による日本経済自体の低迷など構造的な問題を指摘することができる。

しかし、その一方で、保険金の支払漏れ問題以降の保険契約者への説明責任強化やこれに伴うシステム対応などによるコストの増大、自動車保険における等級プロテクト特約や人身傷害保険における一定の混乱など、保険会社自らが引き起こしたものも理由の一つに数えられよう。

また、経済全体の伸びの低迷がもたらす不正な保険金請求の増加も業績低迷の理由の一つである。

「共通化・標準化」の動きは、日本経済の構造的な問題や自然災害など自らの営みによって解決不能な問題を対象とするものではない。

そのまま放置すれば徒にコストが増加し、保険会社、代理店を苦境に追い込み、結局は保険契約者にそのつけが回る問題こそが、「共通化・標準化」の対象である。

自由化以降、激しい競争の中で忘れ去られていた業界協調を、保険会社、代理店、業界関係団体が力を合わせて取り戻すことによって、新たな地平に到達しなければならない。

損保事業に関わった多くの先人が長きに亘って培った知恵を現代的に捉えなおして、前進すべきは、今この時である。(文責 個人)

日本損害保険協会
常務理事 栗山泰史

転載部分以上

タイトルとURLをコピーしました